BCY乳がんヨガフェスタでの講演を終えて…

さがら病院宮﨑 副院長 柏葉匡寛 医師


 壮年期女性の最多のがんである乳がんですが、芸能人・著名人が発病されるたびにマスコミにも取り上げられますが、女性にとってプライベートな臓器ゆえでしょうか?その後はまた忘れられがち、敢えて避けられている病気にも思えます。

しかし、乳がんは統計上日本人女性9人に1人が生涯で発症する身近ながんであり、他のがんに比べ若い30代後半から増え始めます。そのため社会人・妻・母親として頑張っている時期に発症し、その後の家庭的・社会的インパクトが大きいがんと言えますので、目を背けるわけにもいかないのです。

 昨今、がん治療の進歩により死亡率の低下がもたらされ喜ばしいところですが、一方で乳がん発症後の生活において個人的には見逃せない幾つかの問題点が見えてきました。

 1つはがんを発症しその後の生活で療養を意識するため活動性が低くなる、発症前に楽しんできたスポーツ等の運動習慣を諦められる方が多い点です。術後のリンパ浮腫に関しては手術でのセンチネルリンパ節生検(1−2個の脇の見張りリンパ節のみを摘出)が普及し激減、さらに腕や胸の筋肉・神経への損傷が少ないことから術後の運動を制限するべき根拠は乏しいにも関わらずです。一方、がん告知や手術の精神的ストレスで食欲亢進や甘いものを食べることに向けられることも少なくないため、運動量は減っても食欲は抑えられないという相談を外来で受けることがあります。

 

 もう1つが、再発を抑えるホルモン療法薬は乳がん患者さんのおよそ65%で5−10年間投与されますが、血中コレステロール・中性脂肪値が高くなる傾向があり、結果として体重増加を経験する方が多い点です。

外来でも「痩せにくくなった」「お腹周りに肉がついた」という声が多く聞かれます。さらに皮肉なことに乳がん再発リスク因子には「過体重」が含まれており、副作用だからしょうがないでは済まされない状況であると懸念しています。

 

 この状況に対し私の外来では「食事の質と運動習慣について考えてみましょう」とお話ししています。

実は自分自身が大学勤務時代、店屋物ばかりを食べて深夜まで働いていたので今より10Kg以上太っていたのですが、乳がん専門施設に異動したのを機にランニングを軸にした運動と緩い糖質制限やファスティングでダイエットに成功しました。その後ハーフ・フルマラソンは勿論のこと、100kmウルトラマラソンや30km弱の山中を駆けるトレイルランニングにも挑戦し続けていますので、実感をもってお話しできています。

 

 しかしご存じの厳しい指導のパーソナルジムが流行するようにダイエットはそんな簡単なものではありません。外来では「次回までにダイエット・運動します!」とヤルヤル詐欺?の患者さんも多く、実行には「有無を言わさず起床後30分走る」というように生活パターンにしっかりと組み込まなければ運動の時間を見つけるのは困難です。また一部の患者さんは一念発起しランニングを始める、ジムに通う、糖質制限を行うのですが、途中で辛くなるようで中々継続しません。最悪開始前よりリバウンドしたり体重が減る前に激しい運動を始めたために膝を痛めて余計運動ができなくなる方さえいらっしゃいます。

 

 そこで何かキツすぎず自分を労れる運動習慣はないだろうかと考えていたら「BCY乳がんヨガ」に行き着きました。

元々はBCY乳がんヨガ岡部理事長が私の高校の後輩だったことからサポーターとして何かお手伝いしたいとお話ししていましたが、偶然京都のトレイルランニングのレースで再会し当時勤務していた京都の乳腺クリニックの外来にBCY乳がんヨガのパンフレットを置き始めました。コロナ禍も相まってか直ぐに無くなってしまうほど大人気、聞けば「キツくなくて気持ちが良いので継続可能なんです」との声が聞かれました。またBCYの乳がんヨガを始めて自分の身体を意識して生活習慣を見直したことによってヨガ以外にも運動したくなって、今ではジムで筋トレしている、ランニングを始めたという方も複数名いらしてこれは素晴らしいな!と実感したのでした。

 

 実際講演中にもお話しさせて頂きましたが、ヨガの実践は乳がん術後患者さんの生活の質が向上すること、術後化学療法中のヨガの実践は睡眠の改善や不安の軽減に働くことが高いレベルの研究で解っています。しかし私自身ヨガには苦い経験があります。大学勤務時代、ある患者さんがヨガを始めたのは良かったのですが講師の先生が自然食推進派で反現代医療のお考えだったらしく、最終的にその方も影響を受け、大事な術後ホルモン療法をやめてしまいました。この件以降、ヨガといっても一様には勧められないと警戒心をもっていましたが、BCYのヨガではインストラクターや参加者に乳がんに関する正しい情報を乳がん専門家が提供しているので、標準療法を否定しないだろうと安心して推奨できます。

 

 最後に将来の夢として岡部理事長に教えて頂いた、ニュージーランドでの「緑の処方箋」についてふれます。

病状が安定期した成人の心臓病や糖尿病、肥満児童に身体活動プログラムを提供し、指導・観察のもと定期的に運動を取り入れてられているそうです。

 

 日本社会で大きな役割を果たしている女性が乳がんに罹っても、お元気で自分らしく生きて頂く1つの手段として、従来の医学的アプローチを補完し有効なBCYのヨガのような運動習慣が緑の処方箋のように我々主治医から提供できたなら、体調不良やデータの悪化に悩み、しかし運動習慣への一歩が踏み出せない多くの乳がん患者さんにはどれほどの福音でしょう。どうぞBCYヨガスタッフ様、インストラクター様のご活躍が乳がん患者さんのより良い術後生活に貢献して頂けますことを強く祈念いたします。